第3回 刑務官としての学び

刑務官

 前回に引き続き刑務所ネタです。正確には刑務官ネタですね。

 刑務官として拝命(採用のことです。)したとき、制服、呼子笛、捕縄とともに「刑務官必携」というハンドブックを渡されます。これは、刑務官としての業務の基礎や関係法令がコンパクトに詰まった使い勝手のいい図書で、初等科研修や昇進にかかわる研修では文字通り必携の大切なものです。

 この内容のうち、いの一番に覚えなければいけないのが、保安の原則18箇条です。暗記させられます。

1 視線内介護の原則
2 適正介護位置の原則
3 人員掌握の原則
4 施錠確認の原則
5 捕縄把持の原則
6 単独開扉禁止の原則
7 交談取締りの原則
8 無断離席取締りの原則
9 動作規制の原則
10 部外者との接触取締りの原則
11 動静視察、心情把握徹底の原則
12 捜検励行の原則
13 物品・設備等の点検励行の原則
14 火気点検励行の原則
15 原因確認の原則
16 報告励行の原則
17 引継ぎ励行の原則
18 厳正な勤務態度保持の原則

 この18箇条は諸先輩方の数々の苦い経験の歴史の中で抽出された珠玉の原則で、重要な順番に並んでいます。そして、視線内戒護は基本中の基本なのですね。
 「視線内戒護」とは、「被収容者の位置は、できる限り、刑務官が自らの施設で監視できる範囲とすること」です。
 刑務官の仕事も行政書士並みに馴染みがないと思いますので簡単に説明すると、被収容者は刑事施設(刑務所、拘置所、少年刑務所)内を刑務官の戒護(近くで監視するというような意味)無しで行動することはできないため、刑務官は常に被収容者を監視下に置かなければなりません。
 ある場所からある場所まで連行(連れていくこと)するだけならその一人だけを見ていればいいのですが、大勢を連行したり、広い運動場で立会するとどうしても死角が生まれやすくなります。死角があれば被収容者の中のだれかの離脱につながり、果ては逃走に発展し、周辺住民の方に多大なご迷惑をおかけする大事件に発展します。2012年に広島で起きた外国人受刑者の逃走事件は記憶に新しいところだと思います。

 「視線内戒護」に限らず、こういった職務の基本的な考え方を初日から叩き込まれます。

 しかし、勤務に慣れてくると本来注意を向けるべきものがおろそかになっていきます。保安というのは業務進行を妨げる側面があるからです。このあたりは、職場の安全対策と業務効率化との関係に相通ずるものがあります。

 そのため、この18箇条にはありませんが、刑務官であれば一度ならず耳にし、幹部クラスであれば必ず部下職員に訓示している言葉があります。それは、「凡事徹底」です。当たり前すぎてつまらない基本的なことをやる、そして毎日当たり前にやり続けるという意味です。「凡事徹底」することがすでに「凡事」ではないのですが、それほど基本的なことを徹底してやり続けるというのは徹底して意識しないとできないということなのでしょう。

 行政書士の今、注意を向けるべき業務内容は変わりましたが、「凡事徹底」「凡事徹底」と心で唱えながら向き合い続けています。私の大切にしている言葉の一つです。

 なお、保安の原則で最も好きなのは「厳正な勤務態度保持の原則」です。
 「冷静、沈着を旨とし、適切な言動を心掛け、毅然たる態度の中にも人間的な温かみをもって被収容者等と接すること」
 なかなか熱いです。

 その他の原則についての意味は、「刑務官の職務執行に関する訓令」に掲載されていますので、ご興味ある方はご一読ください。

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